共著物語

秋山真琴×泉由良 並行世界

a

洗濯物、丁寧に

垂直に九十度、ずっしりとした重みを手首に感じながらジェットスチームトリガーを引くと、蒸気の弾ける音と共に、アイロンの底面から大量のスチームが放たれる。紫煙とは似ても似つかない、充分に熱せられた水蒸気は、室内の湿度をわずかに上げると、すぐに…

久々に会った

目を覚ますと父が洗濯物を干していた。洗濯機の中で充分に撹拌され、こぼした醤油が残した斑点や、トマトケチャップの染みが抽出され、買ったときの白さを取り戻したシャツは、くしゃくしゃになって籠の中で丸まっている。父は、人指し指と親指でシャツを注…

ひかるひと

「このあたりは、あまりひからないね」娘からの信号を受けて、左目を開けてみれば確かに周囲は暗闇に包まれていた。体表面を守っている防塵液が、眼球に染みこむ前に左目を閉じて、意識をこめかみから生えている二又の触覚に戻す。念のため第三膝を折り畳ん…

袋小路

逃げ込んだ先は袋小路で、すぐに追い込まれたことを知った。じっくり観察している暇はないけれど、抜け道は見当たらず、通りに戻った方が得策に思われる。しかし、そんな時間は元よりなかったのか、振り向いた先に待ち構えていたのは、にたりと三日月形に歪…

椅子が喋る

物言う魔剣や物語る魔書。世には、人語を解する魔性の無機物がありふれているが、喋る椅子というのは初めて見た。財という財を積み重ね、屍を踏み越えてきた老人は、玄色の顎鬚をしごきながら梟のように笑った。そうして愉快そうに、象牙を組み合わせて作ら…

今夜はメンテナンスに出そう

「何かがおかしい」確信を込めて独白した男の目は、しかし落ち着きなく左右に揺れており、言っていることに対して自信を持っているどころか、自分が何を言っているのかさえ把握できていないようであった。「断絶がある。蝶。連続していない。電車。意図して…

鍵が解かれて私はほどける

ハートに鍵を掛けてある。閉じ込められた心は、あらゆる外部刺激から遮断されていて、なんのリアクションも返さない。どんなプロトコルも解さない。熱も光も、悪意も無理解も、閉ざされた心に影響を与えることはできない。定められた時間が通り過ぎたので、…

キレイダネ

鎖骨の窪みに、零れ落ちてしまいそうになるまで日本酒を注ぎ、胸から下をコンクリートで固定してしまう。やがて女は、苦悶の表情を浮かべ、身を捩りはじめるけれど、すかさず「君は美しい、もう少し静止して、君の美しさを僕の目に焼き付けさせてほしい」と…

アンテク

「綺麗だ」と思う感情は、果たして誰のものだろうか。少なくとも僕のものではない。水平線に沈む夕陽は、自然現象以外の何物でもなく、人の手は介在しえない。日々、繰り返される現象に、以前の人類は美を見いだすことができたのだろうか。それとも綺麗でな…

天地は変わり、時は隠した

七日間の暴風雨を経て、時という概念は崩壊した。通りを行き交っているのは無数の彫像。井戸端会議に興じている女たちも、珈琲を片手に談笑している男たちも、その形をこの世界に刻みつけたように停止して動かない。時は、しかし在り方を変えただけで、完全…

祖母には両手足があった

娘は常にひとりだった。頭から生えているのは、ただの髪の毛に過ぎず角でも蛇でもなかった。額には第三の瞳が開いていることも、閉じていることもなく、単につるりとしていた。大きく口を開いても、犬歯はかろうじて見えるくらいで、舌が二股に裂けているこ…

不死身の人魚

その島の住民は死なないことで知られていた。煮ても焼いても食えないばかりか、串刺しにしても八つ裂きにしても、血の一滴だって垂れはしないのだ。はじめっから、そういう形をしていたかのように、のっぺりとした断面を見せながら、両断されたばかりの男は…

旅が終わったら返しにくるさ

一言にまとめると、鳥のような男だった。幅広の帽子には色とりどりの羽根が織り込まれており、つぎはぎのマントは迷彩柄を思わせ、草原だろうと荒野だろうと砂漠だろうと身を隠すことが出来そうだった。パイプを銜えた口の端から、ぷかりと煙を吐き出しなが…

鎧戸の隙間から

視界は極めて限られている。床は、毛の長い絨毯がすきまなく敷かれており、どこで寝転がっても快適だ。据え付けられている棚の下段には紙おむつ、上段には保存食が保管されており、一応の生活はできる。扉はない。窓はあるが、嵌め殺されており、その窓ガラ…

暴風雨

側頭部をぎゅっと押さえこむような、圧迫感を覚える頭痛だった。あまりの苦しさに目が覚めてしまい、しかし寝起きの頭では、頭痛に苛まれていることに気づくのに時間を要した。それに気がついてからは、天井の木目を眺めながら、この原因不明の苦しさから解…

西瓜曜日

ぽわんぽわんとシャボン玉を浮かべると、すぐに結露がびっしりと浮かび、反射された太陽光が、地面に虹を描く。ものすごい湿度だ。水風船のようになったシャボン玉は、蛇行するように空をゆくと、すぐに割れてしまい雨となる。水溜まりは瞬く間に蒸発して、…